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東京高等裁判所 平成9年(ラ)1848号 決定

抗告人 西山研士

死因贈与者 寺田加代

主文

1  原審判を取り消す。

2  本件を浦和家庭裁判所熊谷支部に差し戻す。

理由

1  抗告人は、主文と同旨の決定を求めた。

その理由は、別紙のとおりである。

2  当裁判所の判断

死因贈与執行者選任の申立てに対する審判の手続においては、当該死因贈与が有効であることを積極的に認定することは必要でなく、かえって、これが無効であることが一見して明らかである場合に限って、当該申立てを却下することができるのであって、実体的審理を経てはじめてその有効性が決せられるような場合には、家庭裁判所としては、その有効無効を判断することなく、死因贈与執行者を選任すべきものと解するのが相当である。すなわち、そのような場合にあっては、当該死因贈与の有効性の判断は、既判力をもってこれを確定することのできる判決手続の結果に委ねるのが相当であるからである。

これを本件についてみるに、記録を調べても、本件死因贈与契約証が贈与者である寺田加代の意思に基づかない無効のものであることが一見して明らかであると判断すべき資料は見当たらないから、上記の説示に照らし、本件においては、死因贈与執行者を選任すべきものといわなければならない。

3  以上の次第で、これと異なる見解に立って本件申立てを却下した原審判は不当であり、その違法をいう本件抗告は理由がある。

よって、原審判を取り消した上、上記説示に従い、更に死因贈与執行者選任の手続を行わせるため、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 小林登美子 田中壮太)

(別紙)

抗告の理由

1 本件死因贈与契約証は、平成7年5月28日、寺田加代の依頼により西山英樹がワープロした同契約証に、寺田加代自身が署名捺印したものである。同契約証の作成年月日が「平成7年5月20日」になっているのは、寺田加代の希望により同人の誕生日である「5月20日」に合わせたものである。

右死因贈与契約証は、西山英樹の「叔母寺田加代介護の経緯メモ」からも明らかなとおり寺田加代の意思にもとづき同人の署名・捺印により作成されたものであり、次に述べるとおりそこには何の疑念を抱かせるものはない。

したがって浦和家庭裁判所熊谷支部の原審判は当然に取り消されるべきものである。

2 本件死因贈与契約証の署名について

原審判は「亡加代自身の筆跡と認めるに足りる証拠もない」とするが、死因贈与契約証の署名の筆跡鑑定を鑑定人○○に依頼したところ、同署名は寺田加代が財団法人○○教育研究所の第11回幼児心理夏期講習会に出席した際のテキストの裏面に署名した署名、また寺田加代が入江夕美の実弟の結婚披露宴に出席するために出した出席通知書に記載した署名と同一であるとの鑑定結果を得た(甲第1号証)。したがって、死因贈与契約証の寺田加代の署名は同人自身が署名したことは明らかである。同鑑定人の略歴は、「鑑定人○○略歴」(甲第2号証)のとおり。

3 また原審判は、「同契約証の署名の筆跡は別紙照会に対する回答書中の問11の部分及び同回答書添付の相続関係図の表題部分の各「寺田加代」の文字によく似ているように思われる」とするが、「回答書中の問11の部分」は申立人西山研士が作成したものであり(同人の陳述書、甲第三号証)、また「同回答書添付の相続関係図の表題部分」は弁護士今村宗一郎が作成したもの(同弁護士の事実証明書、甲第4号証)であり、素人目にも右両部分の「寺田加代」の文字は異なるし、また本件死因贈与契約証の「寺田加代」の文字とも明らかに異なる。

原審判が何をもって「よく似ているように思われる」と断じたのか理解に苦しむところである。

4 さらに原審判は「東京家庭裁判所に係属中の別紙調停事件においても、当事者の中には、本件死因贈与契約証の真否の程について疑問を呈している者もいる」としているが、疑問を呈している渡辺栄都子、皆川萌子、本居雅子は、それぞれ神戸市、奈良市、京都市に住んでおり、寺田加代とは全く行き来のなかった者たちである。これに対し「叔母寺田加代介護の経緯メモ」を作成した西山英樹はずっと寺田加代の介護をしてきたものである。本件死因贈与契約証の署名の真偽について、全く行き来のなかった者たちが疑問を呈しているということを申立ての却下の理由のひとつにすることが、合理的な判断であるとはとても思われない。

5 次に原審判は、「仮に本件死因贈与契約証に記載されている署名が真実亡加代の署名であるとすれば、このように力強い立派な字を書くことができた亡加代がなぜ自筆の遺言書を作成するという方法をとらず、後から作成の真否について疑われるような本件死因贈与契約証の作成という方法をとることにしたのか、誠に不可解というほかなく」と断じているが、このような一方的な判断しかできないことの方が余程不可解である。

寺田加代は82才の法律的には無知な老女である。その者が所有している土地・建物を可愛がっていた西山研士に「自分が死んだら同人に残してやりたい」と思って、同じく法律的に無知な西山英樹にその旨を伝えてそのように計らって欲しいと頼み、頼まれた西山英樹としてもどうすればよいか迷った末に相続・贈与関係の書籍等を調べ、本件死因贈与契約書をワープロ作成したものである。この2人の懸命な努力に対し何の考慮もなく、万人がみな法律的な知識を持っているという前提に立って、そのとおりに事を運ばないのは不可解と断じることの方が余程理解に苦しむところである。

また原審判の「申立人ないしその関係者が亡加代には無断で、……生前亡加代にさせておいた署名を利用するなどして、本文の部分にワープロないしパソコンによる印字をして、本件死因贈与契約証なるものを作成し、これを亡加代作成の文書と主張するようになったのではないかという疑いも生じる」という下りにいたっては、全くの推測にすぎず、およそ信じがたい記述であり、これに反論するまでもないところである。

6 このように原審判の裁判は、およそ考えられない理由によりなされたものであり、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求めるものである。

以上

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